2008年03月20日

眠りの質

眠っても数時間で目が覚めてしまう…

疲れてるのに脳みそがギンギンで寝付けない…

ようやく眠っても気分の悪い夢でうなされる…

朝起きても気分がスッキリしない…

日中異常に眠い…


そんな生活がここ数ヶ月続いていました。…完全に不眠症です。


実は我が家ではある大きな問題を抱えていて、その事が大きくのしかかっていたのです。

が、昨日突然すべてが、以外にもあっさりと解決しました。手(チョキ)

我が家の住人達で祝杯ビールをあげ、気分が良くなった所で私はバタンキューふらふら
しっかりと12時間も眠らせて眠い(睡眠)いただきました。たらーっ(汗)

今朝(昼間?)目が覚めた時、「よしっ!今日はアレをやるぞ!コレもやろう!」と
次々にアイデアが湧き、すべての事に対してやる気が満々。

眠りの質ってとっても大事。

眠るっていう事は、「昨日までの疲れを癒して明日に備える」っていう事。
それが出来ないと疲れが翌日へ持ち越しになってどんどん溜まっていく。
溜まった疲労感は体に、生活に、周りの人にと悪影響を与える。

高品質な睡眠をとろう。

そうすれば質の高い日々が過ごせる。

今回の件で相談に乗ってくれた人、励ましてくれた人、話を聞いてくれた人、
そしてそして一緒に問題を乗り切ってくれた人達に…
ありがとう!です。るんるん
posted by ねこmama at 06:05| ロサンゼルス 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月09日

母国語

私の母は青森出身でいわゆる「津軽女」。
私も「津軽人の血を引く」という事を誇りに思っているのですが、
悲しい事に津軽弁が話せない。

なんとなくは分かるのですよ。なんとなくは話せるのですよ。
でも「津軽弁らしき日本語」は話せても「津軽弁」は話せない。

…悲しいなぁ…

祖父母が他界した今となってはおそらく津軽弁を教わる機会などもうないと思う。

ウチの主人もサモア人の血を引きながらサモア語が話せない。

所々の単語は分かっても文章にして話す事は出来ない。

ある時主人に訊ねたのですよ、「ねぇ?日本語とサモア語、どっちのほうが分かるの?」と。
すると主人、迷うことなく「日本語」と答えた。

「それって悲しいねぇ…」と笑いながら私が返すと、
「…うん。冗談じゃなく、とっても悲しいよ。」と。

母国語ってとっても大切だと思う。

だって、自分のルーツだから。

言葉だの文化だの、そういう事を子供たちに教えるのって大切な親の役目だと思う。

そうやって文化は継承されていくのだから。
posted by ねこmama at 04:28| ロサンゼルス ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月17日

節目

2007年という年は私にとってどうやら人生の節目のようです。

いろんなことが目まぐるしく変化し、新しい方向へと動き始めた気配。

とは言え、何もかもが順調というわけではありません。

ここへ来て、今まで動いていた物事がすべて一旦停止。

あっちにもこっちにも動く事が出来なくなった…。

…で、思うのです。

こんな時だからこそ一旦停止が必要なんだなって。

ここで一呼吸おいておいた方が良いって事なんだなって。

オーバーヒートしちゃう前にここでゆっくりメンテナンスの時間を作ろう。

いつ動き出すか分からない全ての新しい事にいつでも対応出来るように。
posted by ねこmama at 14:26| ロサンゼルス ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月24日

謙虚

F1さんの記事を読んで…

日本を離れて私も随分になります。
日本の中にいると見えなかったことが見えてきて、
ありがたく思う事、「ナンデ?!」と思う事、いろいろある中で、
F1さんの記事を読んでまた新たに気づかされた事があったのでちょっと一言…。

以前の記事「求人」のところで日本人の謙虚さについて書きましたが、一体「謙虚さ」って何なんでしょう?

それはね…(ここから私の独断と偏見が入りますふらふら
「謙虚」でいる事がすばらしい!という社会では大切な事だけど、そうでない社会では意味のない事なんですよ。

例えば「ずうずうしい人」に「謙虚な態度」で対応してたら相手のペースに飲み込まれていくだけなんですよ。

F1さんの記事の話しをすれば、もしかしたら日本の政治家は諸外国に対してそのような事で文書で抗議をしているかもしれないけど、公の場、つまり世界がおそらく見ているだろうと思われる場所ではそういう発言をしないのはやっぱり何か違うと思う。

言い方を変えると…つまり…日本は「謙虚」に諸外国に抗議文を送ってるけど、「いざ世界にメッセージを送れる時」という時になると閉口してる。…と、私にはとれる。
そんな謙虚さ、「謙虚である事が美しい事と信じない国」の皆様に分かってもらえると思ったら大間違いなんじゃないだろうか?

少し前の話しになりますが、韓国人女性(自称従軍慰安婦)がこちらの報道番組に出てきて、
日本兵にどれだけひどい目に合わされたか、どんな思いをしたか、
現在の心の傷はどうか…などについて涙ながらに訴えました。
そして、「日本は未だに私に謝罪してきてない!」と。

ここは自由の国アメリカ、もちろん言論の自由も守られてるわけです。

が、日本人がテレビに出てきてこんな訴えを起こした事は今まで見た事がない。
…少なくとも、私がこちらに来てから私の目に映った事はない。

日本の事がこちらのニュースで話題になる時は(って言ってもほんの10秒くらいもしくは未満)、
地震、その他大きな自然災害が起きた時、飛行機が墜落した時…くらいでしょうか?
広島の平和宣言に於いては「今日広島でこんな式典がありました」くらいの一節をアナウンサーが5秒くらいかけて読むだけで、映像だって音なし。
某国がミサイルを飛ばした時だってアメリカの報道は同じ。

別に外国に対して「喧嘩を売れ!」って言ってる訳でも、
ましてや「やんや、やんやとわめけ!」と言ってる訳でもないけど、
謙虚な態度で通用しなかったら強固に行かないと誰も耳を傾けてくれたりしないんじゃないかなぁ…。

「訴えかけないと聞かない」人たちには訴えかけないといけないんじゃないかなぁ…。

ちょっとF1さんの記事の本筋から離れてしまったかな?

posted by ねこmama at 01:14| ロサンゼルス ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月18日

どんより…

私、19歳になったある日突然、予告もなく家を出ました。

以来、親元に戻って生活をした事はありません。



-----------------------話は変わって…-----------------------

熊熊ママはCollegeが夏休みに入るとともに台湾に帰省。

新日本人留学生(3月に我が家に来ました)も秋から行くCollegeへの
編入の手続きが終わるとともに日本へ帰省。


…我が家は現在空っぽ。


いいえ、私の心が空っぽなんだと思います。

なんだか元気が出なくて…。

猫らはそれを感じるのか、我が物顔でやりたい事やり放題。

それを見ても怒る気もなく、片付ける気力もなく…。



主人がいてもご飯を作る気もせず、ウチの主人がとうとう夕べ、言いましたよ、私に…

「…mamaぁ〜…食べる物が何にもないよぉ〜もうやだ〜(悲しい顔)」と。


子供が一人立ちして親元を離れた後に親が思う気持ちって
こんな「空っぽさ」なのかなぁ?


…そして、今思うのです。
自分の親に悪い事したなぁ…と。

私が実家を出た日、二人とも怒るでもなく、止めるでもなく、
せっせと荷造りをする私に向かって親父が一言だけ、
「…新しい住所と電話番号くらい置いていけよ。」と。

どんな気持ちだったのかなぁ…。


来週、新日本人留学生が学校の準備の為に少し早めに戻ってきます。
そして熊熊ママは9月の頭、学校の始まる前日に戻ってきます。

…きっと私の生活も元に戻ることでしょう。

私の両親の生活はあの日以来元に戻る事はありませんでしたが…。
posted by ねこmama at 06:50| ロサンゼルス ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月13日

生き方

我が家に来る生徒さんたちのほとんどは20代前半。
…いろいろと迷いのある年頃…みたいデス…

ホストファミリーとして現在までに50人以上(そろそろ60人に到達する)の生徒さんたちを送り出してきて、やっぱりいろいろと思うことがあるのです。

生徒さん達の約半数は今回の留学で初めて親元を離れる人達。
…洗濯の仕方が分からない…
…料理が出来ない…
…パンクした自転車が直せない…等々出来ない事がいろいろ。
その上言葉も通じないとくるから本人達の不安、ストレスはかなりな物だと思うのです。挙句の果てには赤の他人(私と主人)との共同生活。

もちろん私も主人も出来る限りの範囲で教えてあげられる事は教えるし、
助けてあげられる事は助けてあげる。

デモね、教えてあげられない事もあるのです。

…それは…



生き方。

こればっかりはどうしようもないのです。



「こっちで仕事を探して、出来れば永住したい」という娘がいました。
…この娘、誰とでも寝ちゃうのです。(…というと少し語弊があるかもな?
行きがかりの人とはそんなことしてなかったみたいなので。)
学校のクラスメート二人と同時進行とか、日本にいる彼氏とこっちの彼氏で同時進行とか。
…でも、誰とも続かないのです。下手すると一回限りのお付き合いだったり、
続いてもほんの数ヶ月だったり…

本人と話しをしてみると、気持ちの中でその時は相手を「好き」らしいのです。

ボーイフレンドの話しは全部母親にしているらしいし、
本人はもう20代後半だし…

結局数ヵ月後、資金が尽きて母国に帰りましたが…



語学学校を終え、無事にカレッジまで行く事が出来た娘がいました。

最初の頃「宿題は?」と訊くと、「何が宿題なのか分からない」との返事。
それがやがて「あれ?今日、学校は?」「…私、あの先生嫌いなんだもん」という会話に変わり、
数週間もすると「アメリカのカレッジなんて簡単すぎてつまらない。」と言い出し、とうとう学校に行かなくなっちゃったのです。

とりあえず書類を語学学校に戻し(留学生である以上学生VISAを保持してないといけないので)
次の学期から心機一転新たにがんばるかと思えば……部屋にこもり続け…。
じっくりと話を聞いてみれば本人はただ「外国暮らし」がしたかっただけで、
「大学に行くならお金を出してあげる」という親の提案に軽い気持ちで乗ったらしい。

結局一年で約一千万円使ったこの娘は、
ウチの主人の一言「…自分の国に帰ったほうがいいよ」で帰国することに。
(が、その後カナダに留学した…たらーっ(汗)



「こっちで結婚して二度と自分の国には帰らない!」という娘がいました。

その娘はありとあらゆる男性に我が家の電話番号を教え、
その結果、朝から晩まで(実際には真夜中まで)電話が鳴り続ける始末。
(もちろん家にかかってくる電話は私か主人しか取らない)
たまりかねた主人が真夜中にかかってきた電話を取り、
「こんな時間にかけてこないで欲しい」と伝えると、
翌日、その生徒さん(おそらく電話の主と会話をしたと思われる)から、
「かかってくる電話に制限があるなんて!私には自由に電話で会話をする権利はないのか!」と、食って掛かられ…


人それぞれ生き方ってあると思います。

デモね、この娘達、「自分の生き方」っていうのが
まだちゃんと確立されてないんじゃないかな?と私は思うのです。

…住む場所変えたからって人生が変わる訳じゃありません。

…付き合う人たちを変えたからって自分が変わる訳じゃありません。

自分の「生き方」っていうモノをしっかり確立して、
そこからようやく自分の夢に向かって努力していけるようになるのではないでしょうか?

フラフラとした生き方をして、「自分はこれをやりたい!」ってもがいてみた所で、
所詮底なし沼の上を走っているようなもので…
土台がちゃんとしてないんです。

逆に言えば「五里霧中」状態。
何をどうしたらいいのか分からずに霧の中を彷徨って、
一生懸命出口を探してる…。必死なんだろうね、きっと。
でも、だからと言って外国にいけば答えが見つかるっていう訳じゃあないんだけど。

この娘達に共通しているのは「自分が○○出来ないのは、自分の環境(それは自分の国や社会、家族だったりする)のせい。」と思っているところ。
本人達にその自覚があるかどうかは分からないけど…。

だからこの娘達は自分のいた環境(母国、もしくは家族)が「大嫌い」。

自分にその度量がないから、もしくは強さがないから…とは認めたくないみたい。
なんでも自分の外側の世界のせい。
自分の人生でマイナスになるものは全部他人のせい。

…そうね。その方が楽に生きられるもんね。
悪い事は全部他人のせい、良い事は自分の「おかげ」…だもんね。

だけどね、自分の欠点を認めることも大切。
自分が何を「してあげた」のにあの人は、とかあの社会は…って
他所他人のせいにして責任から逃げちゃうんじゃなくて、
自分が何を「してこなかったのか」を考える事も大切。

自分の中の見つめたくない部分、認めたくない部分を避けて通ってたら、
ずーっと避けていかなくちゃいけない。
…大きな傷を抱えてるのと一緒。

いつも痛くて、いつも庇ってなくちゃいけなくて…。

…痛いから、他人には触らせられなくて。

…痛くて痛くて仕方がないから、絆創膏張って、ガーゼでカバーして…。

そんなキズ抱えてたら、楽しい事も楽しくなくなっちゃう。
そんなキズを大事に抱えてるから、他人につつかれて痛い思いをするのに。

…痛いからどんどんガーゼを厚くしちゃって…

…痛いから傷口を触ろうとする人を必要以上に避けちゃって…



思い切って絆創膏はがして傷口を見てみればいいのに。

一生懸命カバーしてるから蒸れちゃって、膿んじゃって、
グチョグチョになっちゃって、どうしようもなくなっちゃってるのかもしれない。

絆創膏なんかでカバーしないで、空気に当てて乾かしちゃえばすぐに直っちゃうかもしれないのに。


…………。


でもきっと、傷口を見る勇気がないんだろうな。


たぶん大したキズじゃあないんだろうに…。
posted by ねこmama at 00:18| ロサンゼルス ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

挑戦するという事

私がアメリカに行くと決意した時、
いろんな人からいろんなリアクションを貰った。

「アメリカなんかに行って何になるの?」
「おとなしく日本にいて結婚相手でも探せば?」
「自分の知り合い、ロスに5年いたけど、英語しゃべれないまま帰ってきたよ。」
「お金の無駄遣いなんじゃない?」等々、ネガティブなコメントが多い中、
前向きな言葉もたくさん貰った。

「せっかく行くって決めたんだから、がんばるんだよ!」
「寂しくなるけどがんばって!」
「アメリカに行っちゃうなんてかっこいいよねぇ。英語ペラペラになって帰ってくるのが楽しみ!」等々…

そんな中で、ある人からのコメントが今でも忘れられない。

「新しい事を始めるっていうのは痛みを伴うもの。
その痛みと未知の世界を天秤にかけて未知の世界を選ぶっていうのは
ただならぬ勇気がいること。その強さがないと新しい世界には飛び込めない。

人は、それ以外の世界があると分かっていても、
それを自分の生活から切りはなす痛みを恐れて『今までの自分の生活』に安住している。自分がどこまで出来るかなんていうことは後回しになって、
不満を言いながらも今までの生活を変えようとしない。
痛みを恐れてたら新しい事なんて出来ないよ。自分の生活を変えるなんて出来ないよ。
痛みをおそれないmamaの決断はすごいと思う。最後までがんばって。」

と、その人は言った。

変わる事を恐れてたら何も出来ない。
転ぶ事を恐れてたら一生ハイハイのまま。

やりたいことは、十分な計画を練った上でやってみて欲しいと思う。
新しい事に挑戦できる時期を逃さないで欲しいと思う。

チャンスはつかむもの。待っていればやってくるものではない。

他人が何かに挑戦して行くのを見て、「いいなぁ…」というのは誰でもできる事。
それはまるで映画のサクセスストーリを見て「いいなぁ…」と思うのと一緒。
「自分には出来ないな。」じゃなくて「どうやったら自分にも出来るかなぁ?」と考えて欲しい。

挑戦してみてダメだったら…またやり直せばいい。
失敗から学ぶ事はたっくさんある。

「これ」があるから出来ない、「あれ」があるから出来ないじゃなくて、
「これ」や「あれ」をどう対処すれば自分のやりたいことが出来るようになるのか、を考えて欲しい。
自分のやりたいことを見つけたとき、問題にぶち当たるのは当然のこと。
その時大事なのは「問題処理能力」なのだ。
その時、その時に浮上してくる問題をどう解決していくか、その能力でその人の人生の価値が決まる、と私は思う。

大切なのは行動に移す事。
一度しかない自分の人生、安住に終わらないで欲しいと思う。
posted by ねこmama at 02:27| ロサンゼルス ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

記憶

あれは、まだ我が妹が母のおなかにいた時の事。

三人姉妹の次女として育った私には妹が生まれるまでの5年間、
末っ子だった時の記憶がまだある。
末っ子だった私は甘ったれで、両親から怒られることもなく、
のほほんとした5年間を過ごした。
両親から妹か弟が出来る、と聞いた時は
「やったぁー!」くらいにしか思っていなかった。

そんな私が、自分が「姉」になると自覚した日の事を今でも覚えている。

ある日の夜、仲良く寄り添ってテレビを見ている両親の近くで
私はふざけて回って両親を笑わせていた。
ところが、ふとしたことでつまずき、母の大きいおなかに
体当たりをしてしまった。

…母はおなかをかばい、父は私を叱咤した。

起こられた事などなかった私。
いつもひょうきんに踊ったりして皆を笑わせていた私。
そんな4歳の私には、赤ちゃんが生まれてくる、という事を
言葉では聞いていても理解できていなかった。

本気で私を怒鳴りつける父の顔。
「大丈夫か?」と心配そうに母を見つめる父の顔。
そんな光景を見ながら、なんとなく思った事は、
私の末っ子の時代は終わったんだな、という事。
お姉さんになるんだな、という事。

それから数ヵ月後、生まれてきた赤ん坊の背中に
巨大な蒙古斑を見つけたときは、
「私のせいで…」と、自分が母のおなかにぶつかった時に出来た
青なじみ(青たん)だと真剣に信じて、自分を責めたものだ。

…この歳になっても、あの日の事をよく思い出す。
母の肩に腕を回して幸せそうにテレビを見ていた父の顔。
両親揃っておなかの中の赤ん坊をかばっていた光景。
そして、自分が姉になると自覚したあの日の事を…
posted by ねこmama at 02:15| ロサンゼルス 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

人々

世の中、いろんな人がいますよね…
良い人、悪い人、明るい人、暗い人、等々…

私が最近困ってる人、それは「空想の世界」と「現実の世界」の区別がつかない人。

起こってもいないことを「起こった」と信じる、その方が本人にとって都合がいいから。
些細な出来事をその何十倍にも膨らませて、それが「実際に起こった」と断言する、その方が本人にとって都合がいいから。

そんな人の話をまともに聞いてたら、聞いてる方がおかしくなっちゃう。
なら、聞かなきゃいいんですよね。そう、そう。

私の独り言。
posted by ねこmama at 23:53| ロサンゼルス ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月21日

私が私である理由

久々のMamaの部屋の更新!

わが妹がブログを立ち上げたとメールをくれました。
読んでみると、なんだか頷けるところがいっぱい。
…普段はしんみりとそんな話をしたことはないけど、
思う事、感じることって一緒なんだなぁ…って。

そんな彼女のブログを読んでいて、ちょっと思い出した事があるのでここで一筆。

現在の私が私になった理由…

実は私バツイチです。(日本で)
その後お付き合いした方もいましたが、結婚までいたりませんでした。
アメリカに来た頃は、「このまま一生独身でいよう…」なんて覚悟もしてましたが、
そんなある日、ウチの主人に出会いました。

…ウチの主人、断っても、憎まれ口叩いても、暴言非情な言葉を吐いても、なんだかくっついてきたのです。
何しろ誰かとお付き合いするなんて気は全くありませんでしたから。
大学で忙しかったですし…
心を鬼にして、嫌われる事を覚悟で主人を突き放す努力をしましたたらーっ(汗)
正直言って罪悪感にかられましたね。なんてひどいことを言ってるんだろう、私は…って。

そうこうしている内に、ある言葉を思い出しました。
わが妹の義母さんが彼女達が結婚する前に言った言葉。
「女はね、強くなくちゃダメなのよ!」

その言葉を思い出したときは「目からうろこ」状態。
「あ、もしかしたらこれでいいのかも…」

その日から主人を「突き放す」努力をすることをやめました。
突き放す代わりに、しばらく眺めてみる事にしました。

…なんだかすべてが上手くいくようになりました。

そして、主人と知り合ってからちょうど一年後に結婚しました。

あれからずいぶんと月日が経ちました。
今でも私達夫婦は毎日のように喧嘩をします。
猫達に囲まれ、生徒さん達に囲まれ、賑やかに毎日を過ごしています。

現在まで50人以上の生徒さんたちを我が家から送り出してきました。
そのうちの半分以上が日本人の生徒さんたちでしたが、ある時彼女達の共通点を発見したのです。
…みんなね、「良い子」でいる努力をすることに一生懸命過ぎるの。
…まるで若い頃の自分を見てるみたい。

アメリカに来てから学んだ事は「仲直りをする方法」。

喧嘩したって、口論したっていいんだと思う。
仲直りする方法がわかってれば。
そういうところ、アメリカ人は上手だなぁ、と思う。
意見の食い違いがあって当然。人間なんだもの。
意見の違う人と話をしてみるのも、自分の見聞を広めるいい機会だと思う。
逆に自分の意見を心の底に押し込めると恨みとなり、長い間停滞する。

我が家では「これを言ったら喧嘩になるから…」と言って避ける会話は全くない。
なんでも話し合う。だから喧嘩もたくさんする。
イライラやムシャクシャした気持ちは明日へ持ち越さない。
…だから夜もゆっくり眠れる。…朝、気分よく起きて新しい一日が過ごせる。
喜怒哀楽、それに苦悩も夫婦で一緒に乗り越える。

…なんだか話しがあちこちに行ってしまったけど、
こんな風に夫婦生活を送れるのも我が妹の義母さんの一言、
「女は強くなくちゃダメなの。」に尽きると思う。
あの一言のおかげで「良い子」を演じない自分に罪悪感を感じずにいられるようになったんだと思う=今の私達の夫婦関係が成り立ってるんだと思う。
そして、そんなお義母さんがいてくれるおかげで妹夫婦も結婚してずいぶん経った。姉妹揃って、お義母様、様である。

尽くす女、従順な女、物分りの良い女もいいけれど…
やっぱり女は強い方がいい、と思う。

注)私は「他人との摩擦」を推奨している訳ではありません
posted by ねこmama at 03:43| ロサンゼルス ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | mamaの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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